プロフィール






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  梅團治画像

桂 梅團治(かつら うめだんじ)
 
令和2年11月
家を整理していたら、貴重なチラシが出てきました
 
 
●本 名・・・大崎誠(おおさきまこと)・血液型B型
●生年月日・・昭和32年7月17日(蟹座)
●出身地・・・岡山県倉敷市
●学 歴・・・福岡大学法学部経営法学科卒
●趣 味・・・SL(蒸気機関車)を中心とした鉄道写真の撮影
●受 賞・・・法務大臣表彰(平成22年)
       神戸新聞文化賞(平成25年)
       文化庁芸術祭大衆芸能部門優秀賞(令和元年)

※「Mはおまへん、SLだけでっせ」(SL写真集)を平成12年1月に自費出版(完売)
※「鉄道落語」(税込840円)を交通新聞社より平成25年2月に出版。
※神戸元町フォトカフェで鉄道写真展を開催(毎年1月中旬から十日間)
※SLが走る所での定例落語会が大好き、これぞまさしく一石二鳥。

●昭和55年4月1日、三代目桂春團治に入門し、桂春秋(はるあき)となる
●昭和57年春、大阪ミナミの若手会にて初高座。

大阪の劇場(道頓堀角座、浪花座、新世界新花月)や名古屋の大須演芸場、東京の寄席(新宿末広亭、上野鈴本、池袋演芸場、上野広小路亭)などにも出演。

平成6年〜8年までの3年間は、大阪国立文楽劇場小ホールにて桂春秋独演会「らくごは今、春秋時代」(年一回)を開催し、平成9年1月27日には、道頓堀中座において四代目桂梅團治を襲名する。

中座での落語家の襲名披露は歴史上初めてのことで、八百の客席が大入り満員の大盛況となる。三代目梅團治は故・三遊亭百生師で、春團治一門での襲名は福團治以来20数年ぶり。この襲名披露の会は、東京、名古屋、京都、神戸、明石、岡山、広島、博多などの主要都市でも盛大に開催された。

【活動の中心は、全国各地での落語ライブ活動】
天満天神繁昌亭、神戸新開地喜楽館、動楽亭、大須演芸場といった寄席に出演するのはもちろん、関西地区では神戸市須磨 区「須磨寺落語会」(年5〜6回/日・祝、不定期)、京都市山科区「龍野落し語の会」(年3回/1・5・9月の水曜日)、明石市「西明石浪漫笑」(年11回/12月を除く毎月第2金曜日)、大阪平野区専称寺「お寺で落語会」(年1回/3月31日)、大阪生野区教恩寺「花まつり落語会」(年1回/4月中旬の日曜日)といった地域寄席を開催。
※神戸の「須磨寺落語会」は35年、明石の「西明石浪漫笑 」は30年、京都山科の「龍野落し語の会」は25年ほど、地元の皆さんに愛されて続いている。その結果「須磨寺落語会」は平成25年5月3日に永年の地域文化発展に貢献したとして「神戸新聞文化賞」を受賞。
▽中部地方→愛知県豊田市上郷浄願寺「上方落語inJOUGANJI」(年1回/10月初旬、土曜日)岐阜県山県市慈明院「ワンコイン寄席」(年1回/10月下旬)
▽中国地方→山口県阿東町「あとう寄席」(年1回/11月初旬、日・祝)・島根県吉賀町柿木「上方落語IN柿木」(年1回/11月初旬土)で定例会を開催。
▽新潟県→新潟市内・上越市・糸魚川市・十日町市・岩室町の県内各地の集会所、お寺、お店などで年1の定例会。
▽北海道→札幌市は神社、千歳市はお寺で「梅團治・小梅親子会」(年1回/6月下旬〜7月初旬)
▽九州→東京の橘家蔵之助師と小梅と3人で、福岡市・篠栗町・太宰府市・久留米市・行橋市・別府市・中津市・佐賀市・有田市・神埼市・唐津市・肥前鹿島・熊本市・曽於市など九州広範囲で『東西 会』。(年1回もしくは年2回/5・6月、9・10月)

【ホール落語&グループ活動】
〈東京〉
※毎年、3月上旬に東京の国立劇場演芸場に於いて開催をしている「桂文我・桂梅團治二人会」は20年以上も続いている。また、クレヨンハウス発行の川端誠「落語絵本(五)おにのめん」は、この舞台で梅團治が演じた 「鬼の面」 が出版のきっかけとなった。
※東中野ポレポレ坐の「桂梅團治の会」は毎年7月に開催している独演会。前座は弟子の小梅が務める。ゲストは東京の噺家さんが友情出演。
※「鉄道落語の会」は毎年12月に開催。東京の小ゑん・駒治、大阪の梅團治・しん吉の鉄道好き4人の落語会。鉄道を題材とした鉄道落語をお聴き頂きます。米朝事務所主催。
〈岡山〉
※席亭の梅團治(倉敷市出身/玉島高校卒)を中心に、岡山に所縁のある6人が出演メンバー。瓶生〈岡山市出身〉・阿か枝〈岡山大学卒〉・卯三郎〈岡山県内勤務歴あり〉・そうば〈岡山県内勤務歴あり〉・小鯛〈倉敷市出身〉・愛染〈岡山大学中退〉)・小梅〈父親が岡山県出身〉の内から、梅團治・小梅の他に3人が交代で出演している。三味線は、倉敷市出身はやしや律子さんが務めます。福は内落語会として、平成25年度から2月初旬に新倉敷駅近くの玉島市民交流センターで開催。

【繁昌亭夜席の定例会】
※「丁酉の会」は、 昭和32年生まれの噺家3人の落語会・・・といっても他の二人は、昭和55年入門の梅團治よりも先輩。枝鶴師は50年、米二師は51年の入門です。
コロナ禍で東京からゲストを招いて開催していた「東西憧れの二人会」の開催が困難になった後、夏の落語会の目玉として開催しています。
それに三人の鼎談も楽しみの一つで、聞き逃せない昔話が聴けるかも?是非ともお越しいただきたい公演です。 年1回(7月)、天満天神繁昌亭で開催。

※「花菱の会」は、春秋・蝶六・春雨・福車という春団治一門4人のメンバーで、法善寺にあった串カツ店の2階でスタート。その後、ワッハ上方に移って、今は天満天神繁昌亭で年2回(1・7月)の開催。春秋は梅團治、蝶六は花團治を襲名。そして、若くして亡くなった福車の代わりに平成31年1月から福楽が新メンバーとして加わって再スタート 。

※「上方落語 福岡県人隊」は、団四郎(遠賀郡芦屋町出身)・梅團治(福岡大学卒)・恭瓶(福岡市出身/九産大卒)・よね吉(九工大卒)・風喬(うきは市出身/福大大濠高卒)・三四郎(第一経済大卒)・そうば(福岡市出身)・呂好(柳川高校卒/サッカー部)の8名で、年3回(1or2・5or6・9or10月)は天満天神繁昌亭で開催している。また「里帰り公演」として、毎年8月初旬はミリカローデン那珂川、ユメニティのおがた、高宮アミカスでの公演をはじめ、福岡県内の数ヶ所で開催。

※「めざせ!四天王の会」は、枝光(五代目文枝門下)・梅團治(春團治門下)・米平(米朝門下)・鶴二(松鶴門下))の上方落語四天王の弟子達で、年2回(1・6月)、天満天神繁昌亭で開催。

※「名人は誰だ?」は、春若(三代目春團治門下)・米輔(米朝門下)・梅團治(三代目春團治門下)・鶴二(松鶴門下)・阿か枝(五代目文枝門下)の一門やキャリアがバラバラな5人で、年3回(4・8・12月)、天満天神繁昌亭で開催。

※「落語・漫才W親子会」は、同じ松竹芸能所属の漫才師三吾・美ユル親子と梅團治・小梅親子が共演する。お互いの本職、落語や漫才を披露する他に大喜利のように毎回色んな言葉遊びや芸に挑戦するという面白い企画もあります。年1回(9or10月)、天満天神繁昌亭で開催。

※「夜は繁昌亭で盆梅展」は、梅團治・飛梅・小梅という上方落語会で「梅」の字が付く噺家が勢揃い・・・と云っても、3人だけ。そこで異色メンバーがもう一人、代走みつくに。無理やりですけど、水戸光圀公と梅と縁が深いので加入しました。若手中心の落語会なので料金も格安。年1回(2月下旬)、天満天神繁昌亭で開催。

※「『鉄』の世界〜梅團治・しん吉二人会」(年1回/12月開催)で、自作の鉄道落語を披露。その年に出演者が撮影した鉄道写真がスクリーンに映し出されるスライドショーや、抽選会で小さな卓上カレンダーも当たる落語以外にも面白い企画が満載。天満天神繁昌亭で開催。

★(社)上方落語協会の「神戸新開地喜楽館」番組編成委員

◆出囃子・・「龍神」(春秋時代は「桃太郎」)
◆得意ネタ・・ご覧になったお客さんが良かった、面白かったと思う噺が得意ネタです
◆将来の夢・・全国で一年の半分、梅團治の看板で落語会を開催する。好きな列車が走っている地域は大歓迎。

★ 岡山県知事より「晴れの国大使」を委嘱され一度目の任期を満了
(平成12〜16年3月の4年間、2期/八名信夫さん(俳優)・木原光知子さん(水泳)等)。現在は再任されて二度目の 「晴れの国大使」として活動をしている。
★ 阪南大学の非常勤講師として呼ばれる(平成16〜17年)
★永年の慰問活動で大阪矯正管区長表彰受賞(平成19年7月)
★ 大阪市立大学の前期講師として呼ばれる(平成20〜現在)
★永年の慰問活動で法務大臣表彰受賞(平成22年7月)
★ 相愛大学の非常勤講師として呼ばれる(平成23年〜現在)
★ 文化庁芸術祭大衆芸能部門優秀賞受賞(令和元年度)

■四代目桂梅團治襲名の際、関西テレビ「ノックは無用」にゲスト出演
(他に同じ年齢の大竹しのぶさん・松居和代さん。他に吹石一恵さん)

■朝日放送「今夜はちょっと気晴亭」(笑福亭鶴瓶師司会)大喜利のメンバー ⇒平成13年4月から12月まで月一回放送

■平成23年9月1日(木)11時半〜 NHK総合テレビ「ぐるっと関西お昼前」にその年の「彦八まつり実行委員長」としてゲスト出演

■平成23年10月10日(月)17時5分〜18時50分 NHKラジオ第一「ラジオ紙芝居 東西鉄道落語自慢」※全国放送に撮り鉄の落語家としてゲスト出演(鉄道落語「切符」も上演)

その他、NHK「上方落語の会」をはじめ、各テレビ局やラジオ局の数多くの番組に毎年のように出演して、梅團治の落語が放送されている。
また、落語以外にも鉄道番組やニュース、ワイドショーにも何度も出演。

★ バブルの頃は司会業が多く、特にビンゴゲームの司会が得意で、「落語界のミスタービンゴ」と呼ばれていた。
その他、パーティーでの色々なゲームを進行するのも得意としていた。



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